十字架称賛の日

今日は十字架称賛の御祝い日です。十字架はもともとイエスの時代、ローマ帝国では辱めと死のシンボルでした。それがイエスの十字架上での死を通して、栄光とあがないのシンボルとなりました。同じ十字架が全く反対の意味となったのでした。

 教会の聖堂を外から、また中に入って見た時も、まっさきに見える形で示すシンボルです。実際、わたしたちは祈るたびに、自分の身体に十字架の形を印します。十字架はわたしたちの信仰と切っても切り離すことができません。

 イエス・キリストは十字架の上で、人々一般のために死んだのではなく、このわたしとあなた一人一人のために死んだのです。主イエスがわたしたちをとことん、死に至るまで、愛してくださったからこそ、わたしたちに生きる意味が与えられ、救われました。イエスの十字架はわたしたちをねたみから、他人と比べることから解き放ちます。そうして、これ以上ない愛に包まれたわたしたちは、心の奥底から湧き上がる笑顔に包まれる恵みをいただきます。主イエス・キリストは死に至るまで従順であったからこそ、高く上げられました。イエスの十字架からわたしたちは教えられます。わたしたちは自らを空っぽにする時、本来に自分、み旨にかなう自分に立ち返ることができ、永遠のいのちをいただくことができます。

 一方で、いくら正しくすべきことであっても、気が進まず、避けたい気持ちになる時があります。また、苦しさのあまり、すべてを投げ出したいような時もあるかもしれません。そんな時、わたしたちは十字架を思い起こしましょう。「それぞれ、自分の十字架を担いなさい」とおっしゃる主イエスは、わたしたちに無理難題を押し付けておられるのでしょうか。決してそうではありません。わたしたちの苦しみや困難を放っておかれません。主イエスご自身が共に十字架を担ってくださるとお約束してくださいました。ここでも、自分を空っぽに、自分を無にする時、自分の思いや苦しみから解き放たれ、神様からの途方もない力をいただく道が開かれています。

 今日は、じっくりキリストの十字架を重ね合わせながら、自分自身への、わたしたち教会への神からの呼びかけを思いめぐらせましょう。

 

Today we celebrate the Triumph of the Cross. Christ died not just for people in general but for me and or you.

We are saved from meaningless lives due to the love of the Lord. The Cross of Jesus both reveals envy and prvides the ultimate love. Amen.

 

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