March 20, 2017

前 カトリック柳井教会 主任司祭

(2017年4月1日から松江カトリック教会主任司祭) / 前:柳井カトリック教会主任司祭)

柳井教会HPをお訪ねくださった皆様へ  

  柳井教会の草創期には、旅館、信徒宅などでミサ(礼拝)や集会を持っていました。文字通り、手作りで教会(信仰共同体及び祈りの場所)を作り上げてきた歴史があります。そして、新聖堂が1982年建立されました。柳井市と近隣の田布施町、平生町、周防大島町、上関町、岩国市在住の信徒が寄り集い、共に神に賛美と感謝を捧げています。

  ここ数年、カメルーン、インドネシア、ベトナム、アメリカ、フィリピン、韓国、ブラジルなど...

March 5, 2017

前 カトリック柳井教会 主任司祭

~真の喜びは回心・和解・ゆるしから~

 四旬節(受難節:今年は3月1日、灰の水曜日から4月15日、復活祭の前日)は頑張ったり、我慢したりなどするイメージが強い季節ですが、そのようなことに力点が置かれると、本筋を見逃してしまうことになりかねません。 

確かに、四旬節の間、それまでの自分を何ら反省することもなく過ごすのであれば問題です。四旬節のもともとの始まりはイエスの荒れ野での四十日間の試練に見出せます。イエスは完全な断食を進んで行い、また度重なる悪魔からの誘惑にさらされますが、ひるむことはありませんでした。この試練の四十日間を終えて、イ...

February 12, 2017

前 カトリック柳井教会 主任司祭

 今日の福音も、マタイ福音書の5章から7章にかけて語られる、イエスによる山上の説教の一部に耳を傾けます。マタイ福音書は聖書、旧約聖書とユダヤ人の伝統に生きてきたキリスト者たちのために書かれました。それで、律法に関連した話がとても多いです。律法というのは旧約聖書の最初の五冊、いわゆるモーセ五書を指しています。

 モーセがシナイ山に登り、十戒を持ち帰ったように、イエスも人々に新しい掟を指し示されました。イエスは日々の生活の中で、具体的に神の教えに従って生きようとすること、愛の実践の大切さを説きました。よく断食をし、よく祈り、施しもよくし...

December 4, 2016

前 カトリック柳井教会 主任司祭

◆それぞれ置かれている状況に、様々な違いはあっても、平和と平安と幸せを求める心でわたしたちは一つになります。
   ★それがクリスマス。

◆確かな光を求めているわたしたちにイエスご自身がまことの光となって励まし導いてくださいます。  
   ★それがクリスマス。

◆様々な葛藤や苦しみ、悩みや孤独の中であえぎ生きているわたしたちを喜びと希望へと導いてくださる方がおられることを思い起こす日。  
   ★それがクリスマス。

◆厳しい状況に追い込まれてやけになりそうな時にも実は見えざる手をわたしたちに差し出してくださる方がおられることを教えてく...

December 1, 2016

前 カトリック柳井教会 主任司祭

 皆さん、年の瀬をいかがお過ごしでしょうか。今、年の瀬と言いましたが、教会の暦では11月27日から新年が始まっています。この日、すなわち、待降節第一主日(日曜日)、つまり救い主イエスのご降誕を祝う日、クリスマスに向けて心や生活を整え準備する特別な日々(待降節)が始まる日がいわば教会暦の元日となっています。ですから、ほかの司祭たちはあまりしないことでしょうが、わたしは毎年、この日には、ミサ(神に賛美と感謝を捧げ祈る祭儀)の初めに、「新年おめでとうございます」とあいさつします。信者ではあってもたいがいキョトンとしていますが、少しずつ慣れ...

October 9, 2016

前 カトリック柳井教会 主任司祭

 「まことの感謝はまことの信仰から生まれます。」

 感謝することと信仰は、単に関わりがあるということにとどまりません。感謝と信仰は切っても切れないほど、深くつながっていると、今日、イエス様はわたしたちに教えてくださいます。

 重い皮膚病にかかった十人の人が声を張り上げて、イエスにいやしを求めました。その願いにイエスはこたえ、彼らは祭司のところに行く途中で、みないやされましたが、イエスのもとに立ち戻り、ありがとうを言いに来たのはただ一人のサマリア人でした。ほかの九人はいやされた後、何をしていたのでしょうか。いやされてうれしいどころか、な...

August 21, 2016

前 カトリック柳井教会 主任司祭

 皆さん、今日、わたしたちが聞いた御言葉をどのように受けとめられたでしょうか。どの言葉が心にとどまったでしょうか。


  洗礼を受けて、キリストの弟子となった私たちにとって、いちばん、関心のあることではないでしょうか。一方で、私たちは充分、御旨、神のお望みに答えきれてはいないけれど、きっと救われると思い込んでいるかもしれません。でも、思い込みで満足して、そこから一歩踏み出すことなく、神からのチャレンジ、呼びかけに答えようとしない私たちの実際の生活を主イエスはよくよくご存知でした。みんながそうしているからとか、みんながそう考えているから...

April 24, 2016

前 カトリック柳井教会 主任司祭

 主キリストに出会った人は自分の思いや経験をはるかに超え出る恵みをいただきます。復活の主キリストに出会い、大変身を遂げたパウロもその一人でした。パウロは熱心なユダヤ教徒で、キリスト者のグループを追い回し、迫害するリーダーでした。復活した主キリストに出会い、心底生きる意味と喜びを見出した弟子たちは、福音を証しし宣べ伝えるキリスト者信仰共同体を形作っていきます。その初代教会の歩みを使徒言行録が詳しく記しています。ですから、復活祭の後、毎日ミサのたびに、使徒言行録が世界中で読まれています。恐ろしくてキリストの十字架のもとにいなかったペトロ...

January 15, 2016

前 カトリック柳井教会 主任司祭

 わたしたちは先週、主イエスの御公現をお祝いしました。一方、今日は二回目の御公現を祝います。それは主イエスの洗礼のお祝いです。今日をもって、クリスマスシーズンが終わります。明日から年間第一週、祭服緑色の日々が始まります。今日、馬小屋や飾りつけを片付けるにふさわしい日です。

 

 主イエスも洗礼をお受けになりました。洗礼者ヨハネからです。主イエスの洗礼は、主イエスが神の子であることを世の人々に示すことになりましたので、第二の御公現と言えるでしょう。神の子主イエスがこの世にわたしたちと同じように人としてお生まれになったことで、わたしたちも聖...

December 25, 2015

前 カトリック柳井教会 主任司祭

「クリスマス」、この一語を聞く時、また話す時、人の心に明るい光が灯され、何かしら温かい気持ちになり、何かしら他人にも優しくありたいと思うようにする力が生まれます。それもそのはず、クリス‐マスの前半、クリスは、わたしたちの救い主、私たちに本当の喜び、光をもたらした方キリストを意味します。また、マスはミサ(礼拝)と同じように、祝い、祭りという意味です。私たちに生きる力、まことの光が与えられたことを共に喜ぶことがクリスマス。クリスマスは、普通の祭日とは全く異なり、神様が人間となられたことを記念する日です。宇宙万物と人類を創造された神様が人...

December 13, 2015

前 カトリック柳井教会 主任司祭

 今日は喜びの日曜日と言われます。今日の礼拝において、全世界の人々と心を合わせ主の降誕が近づいていることを喜び祝います。
 今日の御言葉から喜びなさいとの心地よいメッセージが神からわたしたちに届けられました。ゼフアニアの預言を読んでみましよう。神に逆らうエルサレムの民を厳しく批判した後に、「喜び叫べ。歓呼の声を上げよ。心の底から喜び躍れ。」と前向きのことばで励まし、民の中に主なる神が導いておられることを心に留めるよう預言者は説いています。さらに、パウロのフィリピの教会への手紙では、 主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさ...

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