直近のミサと行事の予定 

Schedule of Masses and Events

2021年12月

 12月2日木曜日 ミサ 午後2時から 肥塚神父

 December 2, Thursday : Mass 2:00 p.m. Fr Koezuka

12月5日(日)待降節第2主日 待降節黙想会

 ミサ司式・黙想指導 瀧井英昭神父  午前11時から 午後1時終了 

 December 5,  The 2nd Sunday of Advent : Retreat 

 Mass & Retreat 11:00 a.m.~1:00 p.m.  Fr. Hideaki Takii 

 12月9日木曜日 ミサ 午後2時から 肥塚神父

 December 9, Thursday : Mass 2:00 p.m. Fr Koezuka

12月12日(日)待降節第3主日

 ミサ 午前11時から  肥塚神父 

 December 12,  The 3rd Sunday of Advent  

 Mass: 11:00 a.m.~ Fr. Koezuka

 12月16日木曜日 ミサ 午後2時から 肥塚神父

 December 16, Thursday : Mass 2:00 p.m. Fr Koezuka

12月19日(日)待降節第4主日

  大掃除 馬小屋飾り付 : 昼 12時半から

 ミサ 午後2時から  肥塚神父 

 December 19,  The 4rth Sunday of Advent.

 (General Cleaning, 0:30 p.m.~)

 Mass: 2:00 p.m.~ Fr. Koezuka

 12月23日木曜日 ミサ 午後2時から 肥塚神父

 December 23, Thursday : Mass 2:00 p.m. Fr Koezuka


 12月24日(火)主の降誕(夜半のミサ)

 ★於:光カトリック教会 19:00~

    (柳井カトリック教会は、24日のミサはありません)

  December 24, Christmas Eve Mass, 7:00 p.m. ~,

 ★at Hikari Catholic Church 

  (No Mass at Yanai Catholic Church)

12月25日(土)主の降誕・日中ミサ 14:00~ 肥塚神父

  柳井カトリック教会で

  December 25, Christmas SOLEMNITY

  Mass 2:00 p.m.~ at Yanai Catholic Church, Fr. Koezuka

   
12月26日 (日)主日ミサ(聖家族)    11:00~ 肥塚神父

  December 29,  Holy Family, Feast, Fr Koezuka

  Mass: 11:00a.m.

 12月30日木曜日 ミサはお休みです

 December 30, Thursday : No Mass at Yanai Church

2022年1月

 1月1日(土)神の母聖マリア(祭) ミサ 14:00~ 肥塚神父

   Solemnity of Mary, Mother of God    2:00 p.m. ~    

   Fr Koezuka


 1月2日(日)主の公現(祭)   11:00~ 肥塚神父

   Epiphany of the Lord, SOLEMNITY   Mass 11:00 a.m. ~

   Fr Koezuka 


  1月6日(木)木曜ミサ(休み)

  January 6th, No Mass at Yanai Church 

カトリック柳井教会
カトリック柳井教会
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マリア像 外
マリア像 外
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聖堂十字架
聖堂十字架
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アビラの聖テレサ像(聖堂内)
アビラの聖テレサ像(聖堂内)

教会の守護の聖人

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聖母子像
聖母子像
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​ パイプオルガン

  2019年12月 移設

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           11月は「死者の月」です。
         死者のために祈るとともに、わたしたち自身の死についても深く黙想するときでもあります。

(「使徒信条を詠む キリスト教信仰の意味と展望」 阿部仲麻呂 教友社 248~249より)
   「 永遠のいのちのよろこび 」
「キリスト教は『いのち』が現世だけで終わるものではないことを教えています。洗礼を受けた者は生老病死の限界を乗り越えます。あらゆる困難な状況によって人間が押しつぶされて滅びるのではなく、苦しみを克服して絶対的な安心を得る希望があることを、キリスト者は信じています。『死んで、すべてが消えてゼロになる』と世間の人々は考えており、虚無主義に陥っています。しかし、誰もが本能的にも自覚的にも死を望まず、大切な相手を失って孤独になりたくはないわけで、『滅びないいのち』を信じようとしています。
 現在のローマの街では葬式のときに、亡くなった個人の棺をかついで霊柩車に運びこむ際に、参列者一同は割れんばかりの拍手をしながら故人の好きだった歌を合唱します。死は絶望ではなく、むしろ新たな人生段階への門出であり、生きることの労苦・病で苦しむことから解放されて、より自由になって軽やかになって、残された者たちをあたたかく見守るいのちの始まりであり、『希望のとき』です。もちろん、故人をしめやかに想いながら喪に服する日本人の葬式の雰囲気にも、相手を大切にする奥ゆかしい心がありますが、ローマの葬式もなかなか意義深いものでしょう。キリスト教は『死』によってさえも滅びない『いのち』と言うか、神のふところにあたたかく迎え入れられて安らかに生き続ける新たな状態〈まったきよろこびの満ちあふれた在り方〉を私たちにしめしてくれるからです。」