新型コロナウイルス感染症に苦しむ世界のための祈り

(2020年4月3日 日本カトリック司教協議会)

いつくしみ深い神よ、
新型コロナウイルスの感染拡大によって、
今、大きな困難の中にある世界を顧みてください。

病に苦しむ人に必要な医療が施され、
感染の終息に向けて取り組むすべての人、
医療従事者、病者に寄り添う人の健康が守られますように。

亡くなった人が永遠のみ国に迎え入れられ、
尽きることのない安らぎに満たされますように。
不安と混乱に直面しているすべての人に、
支援の手が差し伸べられますように。

希望の源である神よ、
わたしたちが感染拡大を防ぐための犠牲を惜しまず、
世界のすべての人と助け合って、
この危機を乗り越えることができるようお導きください。
わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

希望と慰めのよりどころである聖マリア、
苦難のうちにあるわたしたちのためにお祈りください。

Prayer for the World Suffering from the New Coronavirus Pandemic

(Approved by the Catholic Bishops’ Conference of Japan, April 3, 2020)

O loving God,
Look kindly upon the world, now in great difficulty
Through the spread of the new coronavirus.

May necessary medical care be given to those who suffer from the disease.
Guide those who work toward ending the infection.
Protect all healthcare workers and all those who care for the sick.

Welcome the deceased into your eternal kingdom.
Fill them with everlasting peace.
May hands reach out to help everyone facing anxiety and confusion.

God, the source of hope,
Guide us in this crisis
That we may spare no sacrifice to prevent the spread of the infection,
That we may serve everyone in the world,

We ask this through our Lord Jesus Christ. Amen.

Mary, source of hope and comfort,
Pray for us in this hardship.

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In the morning give us your mercy in full measure; so that we may have joy and delight all our days.

「朝ごとに あなたのいつくしみを注ぎ、日々わたしたちに、喜びの歌をうたわせてください。(詩編90.14)」

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聴くことを教えてください      John Veltri, S.J.

TEACH ME TO LISTEN

神よ、どうかわたしにおしえてください。
わたしのいちばん近くにいる人々、
家族、友だち、同僚の話すことを
本当に聴くことができるように。
彼らの話す言葉が何であっても、それは
「ありのままのわたしを受け入れてください。
わたしの言うことを聞いてください。」
という意味であることを、

いつも心に留めておくことできるように助けてください。

Teach me to listen, O God,
to those nearest me,
my family, my friends, my co-workers.
Help me to be aware that
no matter what words I hear,
the message is,
"Accept the person I am. Listen to me."

あわれみ深い神よ、どうか教えてください。
わたしからずっと遠いところにいる人々、
希望を失った人々のささやき、
忘れ去られた人々の訴え、
悩み苦しむ人々の叫びを、
聴き取ることができるように。

Teach me to listen, My Caring God,
to those far from me -
the whisper of the hopeless,
the plea of the forgotten,
the cry of the anguished.

母なる神よ、教えてください。
わたしがわたし自身に耳を傾けることができるように。
恐れからもっと自由になって
わたしのいちばん深いところで聞こえている声に
信頼することができるよう
助けてください。

Teach me to listen, O God my Mother,
to myself.
Help me to be less afraid,
to trust the voice inside,
in the deepest part of me.

聖霊よ、どうかおしえてください。
あなたの声に耳をそばだてることができるように。
忙しいときも、退屈なときも、
確信があっても、疑いがあっても、
騒がしさの中でも、静けさの中でも。

主よ、どうかわたしに聴くことを教えてください。

Teach me to listen, Holy Spirit,
for your voice -
in busyness and in boredom,
in certainty and in doubt,
in noise and in silence.

 Teach me, O God, to listen.

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イシドロ・リバス著

 「ミサ 神の愛の確認 -不安から希望へ-」 新世社 より

 現代人の私たちには、「礼拝」という言葉はあまりピンと釆ないと思いますが、それは非常に意味深く、きれいな言葉です。私たちは毎日の生活の中で神をほとんど意識せずに、神に祈りや感謝等ほとんどしないで生きています。したがって「礼拝」という言葉がピンと来ないのは当然です。困った時に祈る時でも、神を拝んで神を中心にして祈るよりも、むしろ自分の今の悩みの中に溺れて、自分だけが存在して自分が全世界の中心であるかのようにしか意識しないと思います。

 しかしそのような自分の不安があっても、あるいは深い罪悪感の中にいても、もし祈り続ければ、少しずつ落ちつくようになります。子供が道に迷って泣きに泣いて、母親にまた出会って抱いてもらえるように、私たちも絶対的なものに頼れることはありがたいことです。自己中心に感じている間は礼拝することができず頼ることしかできないのは当然なのです。

 しかし少しずつ神のありがたさを感じてゆくにつれ、神に対してただ祈願の祈りだけでなく、少しずつ感謝したくなります。すなわち不安の中からいつも救って下さって、いつも頼れる絶対的な支えを与えて下さることのありがたさのために感謝し、賛美できるようになります。それは自分のエゴから脱皮し始めることのしるしです。

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Even so, I stayed in your presence, you grasped me by the right hand, you will guide me with advice, and will draw me in the wake of your glory. (Psalms Chapter 73.23-24)

わたしは いつも あなたとともにあり、あなたは わたしの手を引いておられる。み旨のままに わたしを導き、栄光のうちに受け入れてくださる。(詩編73.23-24)

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Poor and needy as I am, the Lord has me in mind. You, my helper, my Saviour, my God, do not delay (Psalms Chapter 40.18)

わたしは弱く貧しく、主はわたしを心に留めてくださる。主よ、私の助け、私の救い主、私の神よ、急いで助けに来てください。(詩編40.18)

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Pope Francis ‏@Pontifex 

The one who helps the sick and needy touches the flesh of Christ, alive and present in our midst.

教皇フランシスコ

「病人や貧しい人を助ける人は、私たちの間で生きて現存しておられるキリストの御体に触れているのです。」

教皇フランシスコ 使徒的勧告 喜びに喜べ

14 聖なる者となるのに、司教や、司祭、修道者になる必要はありません。わたしたちは聖性が、日常のもろもろから離れて、祈りに多くの時間を割くことのできる人だけのものだと思ってしまいがちです。そうではありません。それぞれが置かれている場で、日常の雑務を通して、愛をもって生き、自分に固有のあかしを示すことで聖なる者となるよう、わたしたち皆が呼ばれているのです。あなたは奉献生活に召し出されたのですか。喜びをもって自分の献身を生きることで、聖なる者となりなさい。既婚者ですか。キリストが教会にされたように、あなたの夫、あなたの妻を愛し大切にすることで聖なる者となりなさい。あなたは労働者ですか。兄弟姉妹に仕える自分の仕事を誠意と能力を尽くして果たすことで、聖なる者となりなさい。あなたは子や孫をもつ身ですか。イエスに従うことを幼い子どもに根気強く教えることで、聖なる者となりなさい。あなたは権限ある立場の人ですか。共通善のために闘い、己の利益を顧みずに務めることで、聖なる者となりなさい(14)。

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「祈り ー信頼の源へー」より  植松 功 訳

マザー・テレサ Mother Teresa

かけがえのないもの

You are precious to Me

  

 苦悩の中にあるとき、孤独なとき、問題をかかえているとき、このことを思い出すと励まされます。

忘れないで、ください、あなたは神の手の中にいるということを。

そして、あなたが苦悩の中でもっとも苦しんでいるまさにそのとき、神のまなざしがあなたに注がれているということを。あなたは、神にとってかけがえのない者だということを。

  It is wonderful to think that thought when we suffer, when we feel lonely, when we feel troubled. Remember you are there - and just at that time when you suffer most His eyes are on you, you are precuious to Him. 

 

 わたしたちはすべて

   神にとってかけがえのない者

  We are precious to Him

 

 道ばたで死んでゆくあの男の人も

  神にとってかけがえのない者

  That man dying in the street - precious to Him

 

 あの百万長者も

  神にとってかけがえのない者

  that millionaire - precious to Him

 あの罪を犯してしまった人も

  神にとってかけがえのない者

  that sinner - precious to Him

 

 神は わたしたちを愛しておられるのだから

  Because He loves us.

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[エルフ・ヘルプブックス]祈りセラピー より

キース・マククレラン著 

目黒 摩天雄 翻訳 

発行所 サンパウロ 

 

まえがき より

 

 おだやかな心と安らぎを望んでいない人は一人もいません。けれども、現代の多くの人は、祈ることができないと思っています。自分の周りにある祈りのチャンスに気がつかないだけなのかもしれません。私たちはだれでも祈りのタレントを預かっているのです。

 ベネディクト会士キース・マククレラン師の『祈りセラピー』は、簡潔な言葉で長年の知恵を提供し、私たちを励ましてくれます。

 真の祈りは、有機的なものです-それは、私たち自身の生活、人柄、必要、リズムから生まれ成長するのです-。 毎日、そしてすべての時間は祈りのチャンスに満ちています。これらの時間をうまくつかめば、とても豊かな可能性に向かって自分を開くことができます。しかも、それがとても効果的な癒やしとなるのです。

 本書を通して「ふるさとへ帰りたい」と願うあなたの心が「ふるさとへの道」を見いだすことができますように。

 

-<本文より>---------------

 

落ち着かない心は、祈りの第一歩です。

心の動きに耳をかたむけましょう。

Prayer begins in a restless heart.

Listen to its stirring.

    ・・

言葉や形式を心配しないでください。

祈りとは聴くことなのです。

Don't worry about words or formulas.

Prayer is a listening

    ・・

わけがあって祈れないときには、

肩の力を抜きましょう。

祈りたいという気持ちは、

もう祈りになっているのです。

If, for any reason, you cannot pray, relax.

The desire to pray is already a prayer.

    ・・

靜かな時間を、祈りのために使いましょう。

沈黙によって、「はかりしれない方」へ導かれます。

Use quiet times for prayer.

Silence draws you to the Infinite.

    ・・

にぎやかな時間を、

祈りのために使いましょう。

ざわめきは、

神をさがし求める被造物の叫びです。

Use noisy times for prayer.

Sound is the clamor of creation seeking God.

    ・・

祈ることは、呼吸をするのと同じです。

深くなれば豊かな生命に満たされます。

To pray is to breathe.

Do it deeply and you will be filled with life.

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「人生の秋に」より 

 Hermann Heuvers (原著)、林 幹雄 (編集)  春秋社  

ヘルマン・ホイヴェルス神父
(1890-1977)が、ドイツに帰国後、南ドイツの友人から贈られた詩。

「最上のわざ」

この世の最上のわざは何?
楽しい心で年をとり、
働きたいけれども休み、
しゃべりたいけれども黙り、
失望しそうなときに希望し、
従順に、平静に、おのれの十字架をになう
若者が元気いっぱいで神の道をあゆむのを見ても、ねたまず、
人のために働くよりも、けんきょに人の世話になり、
弱って、もはや人のために役だたずとも、親切で柔和であること
老いの重荷は神の賜物
古びた心に、これで最後のみがきをかける。まことのふるさとへ行くために
おのれをこの世につなぐくさりを少しずつはずしていくのは、真にえらい仕事
こうして何もできなくなれば、それをけんそんに承諾するのだ
神は最後にいちばんよい仕事を残してくださる。それは祈りだ
手は何もできない

けれども最後まで合掌できる
愛するすべての人のうえに、神の恵みを求めるために
すべてをなし終えたら、臨終の床に神の声をきくだろう
「来よ、わが友よ、われなんじを見捨てじ」と

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Befriend Your Pain: Henri Nouwen

I want to say to you that most of our brokenness cannot be simply taken away. It’s there. And the deepest pain that you and I suffer is often the pain that stays with us all our lives. It cannot be simply solved, fixed, done away with. . . . What are we then told to do with that pain, with that brokenness, that anguish, that agony that continually rises up in our heart? We are called to embrace it, to befriend it. To not just push it away . . . to walk right over it, to ignore it. No, to embrace it, to befriend it, and say that is my pain and I claim my pain as the way God is willing to show me his love.

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教皇フランシスコのことば365 より 10月6日

人の心にキリストをもたらしたマリアのように、喜びや希望を共有して、キリストを示し、キリストを運ばなければなりません。
 「無関心の霧」の中に道を失うことなく、入っていかなければなりません。暗黒の夜、闇に取り込まれても道を見失わずに、入っていかなければなりません。多くの人の思い違いについては、それに惑わされることなしに、耳を傾けなければなりません。

 失望を、その苦しさに苛まれずに受け入れ、人びとの人間的崩壊に、自らのアイデンティティーを壊さずに触れることが必要です。
(2013年九月二十一日 談話)

 

・「祈りを学びたい人に」 リンク→

   (ノートルダム・ド・ヴィ)

・カトリック柳井教会の守護の聖人

 アヴィラの聖テレジアの祈り へ→