top of page

大人の教会学校 資料 2023年2月 

ミサを生きる(15)
【感謝の典礼】(1)
■ミサは私たちの中におけるイエス・キリストの現存を示す場です。ミサ全体がそのものと して、私たちの中におけるイエス・キリストの現存のしるしとなっています。

 けれども、それを最も神秘的に、かつまた、感覚的に表現しているのは、パンとぶどう酒 の形におけるキリストの現存、すなわち、イエス・キリストの聖体です。その意味でキリス トの聖体を中心とする【感謝の典礼】はミサの中心、頂点であると言えます。

 第一の部分【ことばの典礼】で、イエス・キリストのみことばに耳を傾け、みことばを受 け入れて、イエス・キリストが示されたように生きたいという思いを新たにした私たちは、 この第二の部分【感謝の典礼】において、そのような私たちを受け入れ、招き寄せてくださ るイエス・キリストの懐にさらに引き寄せられ、近付いていくのです。

 ミサのこの第二の部分【感謝の典礼】の中心は最後の晩餐の記念です。弟子たちと囲むこ の食卓を最後の晩餐と位置付けたのは、福音書が語るところによれば、イエス・キリストご 自身です。

 イエスはご自分の生涯の最後の、弟子たちとの別れの食卓としてこの晩餐をともにされ、 ご自分の死を目前に意識しつつ、食卓の席であのような行為とことばを残されたのです。

 従って、弟子たちとともに食卓についたイエスの意識においては、最後の晩餐と十字架に おける死とは密接に結びついており、最後の晩餐におけるイエスの行為とことばには、イエ スがご自分の死をどのようなものと理解し、受け止めておられたかが示されているのです。

 最後の晩餐のときには、弟子たちはその意味を理解できなかったかもしれません。しかし、 十字架の死と復活という出来事を経て、イエスへの信仰に立ち返った弟子たちは、最後の晩 餐におけるイエスの行為とことばを、自分たちへのイエスの、この上ない愛の遺言として受 け止めることになります。

 このようにして、最後の晩餐の記念としてのミサは、単なる記念の儀式にとどまらず、イ エス、キリストの十字架の死と復活という、信仰の中心に私たちを招き入れていくのです。

( 「ミサの鑑賞」 吉池吉高 オリエンス宗教研究所 76~77頁 )

 

■最後の晩さんにおいて、キリストは過越しのいけにえと会食とを制定されたが、主ご自身 が行い、そしてご自分の記念として行うよう弟子たちに託されたのと同一のことを、司祭が 主キリストの代理として行うことにより、十字架のいけにえが教会においてたえず現存す るものとなる。

 それは、キリストがパンと杯を取り、感謝をささげ、割って、弟子に与えて、「取って、 食べなさい、飲みなさい。これはわたしのからだである。これはわたしの血の杯であり。こ れをわたしの記念として行いなさい」と仰せになったからである。

( 「ローマ・ミサ典礼書の総則(暫定版)」 カトリック中央協議会 72 )

========================

大人の教会学校 資料一覧  2023年

========================

2023年1月「主は皆さんとともに」「またあなたとともに」

2023年2月ミサを生きる(15)【感謝の典礼】(1)

bottom of page